シュタイナー教育とは

シュタイナー教育

【最先端の教育】

学力偏重から、「ホール・チャイルド」にシフト

News picks 2021/ 1/9号より

今と未来を生きる子どもたちに、最も必要な教育は何か?

 学力偏重はもう意味がない、と言われて久しく時間が経っています。いい点数を取り、いい大学に入ったら、終身雇用の企業が待っている。そんな時代は終わりを告げています。銀行の破綻、航空業界や大学さえも経営の危機に陥り、市といった地方公共団体でさえも収支が回らなくなるところが出ている現在。現代のニーズにシフトしようと奔走している大企業に対し、元気なのは個人です。現在は起業ブームと言われ、自分から仕事を創出する方が増えています。起業した仕事で、多くの方に喜ばれて大成功をおさめ、社会をどんどん変革する自立型人材が増えています。

 「問が出されることを待ち、出された問いにだけ答える」。それは受け身な人間だけを育てる教育となります。簡単な質問の受け答えもでき、客層の分析や、統計的予測もできるAIや、AIにも満たない機械が、仕事の代替できる世界になりつつある中で、受け身の人間は活躍できる場が縮小されていきます。AIが台頭する中で、人間にしか出来ないこと、「人間とは何か?」を、現代文化は目の前につきつけます。社会の歯車のように「何かの要求に答える」だけでは、自立的な人間とは言えません。「自ら問いや課題を発見し、行動しながら解決法を見出していく」。そんな、自分の力で立つ人間になる子どもたちにはどんな教育が必要なのでしょうか?そもそも、子どもとは、人間とは、どんな存在なのでしょうか?

100年の歴史がある、シュタイナー教育(ヴァルドルフ教育)は、100年前から、それに答えを出しています。
奇しくも、現在の問いに、100年前から既に答えを出していたのです。

知識偏重ではなく、頭だけの教育だけではなく、ホリスティックな人間への教育が、シュタイナー教育です。
ホリスティックな人間とは、人間は、体 Body・魂 Soul・霊 Spirit から成る、ということです。

人間は、頭だけの存在ではありません。知識だけが大切な時代は終わりました。知識だけなら、いくらでも、インターネットを調べれば出てくる時代です。知識があるだけでは無意味で、自分で思考を使って、行動する人間が問われる時代なのです。人間とは、思考だけではなく、思考・感情・意志のバランスが取れて、内的に個として自立しながら、外的にも他者や社会、そして宇宙的な作用と協働していける存在です。その人間にふさわしい教育とは、そういった人間観を備えている教育です。シュタイナー教育の人間観とは、従来の人間観を拡げた人間観を持っています。

人間とは何か?

人間は、進化した動物なのか? それとも人間は機械なのか? 人間を動物でも機械でもないとするアントロポゾフィーとは?

 1861年〜1925年という時代を生きた、ルドルフ・シュタイナーは、人間とは何か?について、アントロポゾフィー Anthroposophy 人智学、という答えを出しています。

 人間とは、計算ずくの行動しかしない存在でしょうか?時折、非合理的な行動をして、周りを驚かせる人に出会いませんか?そして、思ってもみなかった行動が、良き方向に導いたり、人を魅了したりという場面に出会うことは、意外と少なくないはずです。
 人間は、プログラミングされた神経言語的な反応しかしない機械ではありません。遺伝とDNAにのみ支配された存在でもありません。どんなに優秀なDNAの持ち主でも、育つ環境が大切、と言われています。どんなに優秀なDNAで掛け合わされたデザインチャイルドが存在したとしても、愛に溢れた人間関係や、適切な刺激のある守られた環境がなければ、健康には育ちません。それは既に、DNAだけで人間が完成しないことの証明です。
 人間は、地球上、最大に優秀な霊長類でしょうか?動物が最大限に進化して人間になった、動物の最大の頂点が人間、という訳ではありません。動物と人間には、絶対的な違いがあります。動物と人間の区別をしないのは、科学的に見ていると言えるでしょうか?人間とは何なのでしょうか?

 機械や、動物にはないもの、人間にしかないもの…人間には、創造性、クリエイティビティもあります。倫理道徳もあります。自分だけではなく、他者のしあわせのために行動したり、誰かと協力したり、時には熱心に祈ったり、宗教性を求めたりもします。そこが、機械や動物とは違うところです。AIなどをテーマにする映画や小説などは、道徳性が問題となることが多いです。なぜ、人間だけがクリエイティビティや道徳性を持ちうるのでしょうか?

 人間には、「自己」があります。Self 自我があります。機械や動物にも自我があるように、誤解されていることが多いですが、実は、「わたし」という自我を持つことができるのは、とても人間らしいことで、人間にしか出来ないことなのです。機械や動物が自我を持っているように見えても、本当の自我を持つことは、人間にしか出来ません。その自我とは、体・魂・霊の3つの視点で人間を見るならば、霊的な側面を持つところです。現代の方の多くが持っている「自己」観は、やや閉塞的な自己観です。「自我」の枠をもっと拡げてゆくことができる、ルドルフ・シュタイナーが提唱したアントロポゾフィーは、そういう視点で人間を見ています。

「人間だけが、自我に貫かれている」

鉱物界=物質体
植物界=物質体・エーテル体
動物界=物質体・エーテル体・アストラル体
人間=物質体・エーテル体・アストラル体・自我


普遍性と個性

教育の普遍性と個性とは? 矛盾しているような普遍性と個性のバランスとは?


 1919年、ドイツ、シュトゥットガルトのヴァルドルフ・アストリア・タバコ工場のオーナー、エミール・モルト氏が、自身の従業員の子どもたちにふさわしい学校教育を、とルドルフ・シュタイナーに依頼したのが発祥です。そこから、世界中にシュタイナー教育は広がっています。シュタイナー教育は、ヴァルドルフ教育という名前でも知られており、世界に1000校以上存在しています。2019年には、Waldorf100,ヴァルドルフ教育100周年として、世界中で祝われました。

シュタイナー教育は、『自由への教育』と言われています。誤解されやすい呼び名なのですが、決して子どもを自由奔放に育てる、という訳ではなく、シュタイナーの人間観や、子どもの発達の考え方に基づいて、教育が行われています。

シュタイナー教育で育った子どもたちは、『根拠なき自己肯定感』を持つ、と言われています。その自己肯定感は、自発的に考え動ける健全な人格と、他者と必要な協調性を保ち、自分の個性を発揮しながらも、他者の独自性を認めるバランス感覚に溢れており、世界中で驚かれています。

日本では、100人以上の規模の全日制の私立学校や、NPO等で経営する学校が数校あります。その他に、とても小さな学校がいくつも存在しています。どの学校も、様々な課題を抱えながら、教師、児童生徒、保護者同士が、温かくも真剣に向き合い、現在と未来に向けて学校づくりをしています。シュタイナー教育はさらなる新しい100年を見据えて、今も社会運動として、未来ある子どもたちにふさわしい学校教育に挑戦し続けています。

シュタイナー教育の子どもの発達観

7年ごとの発達
シュタイナー教育では、7年期と言って、7年ごとに子どもの発達が異なる、という見方をしています。21歳までの子どもの発達は、次のような3つの視点で考えられています。

第一・7年期(0〜7歳)意志  代謝・運動組織(肢体系)
第二・7年期(7〜14歳)感情  呼吸・循環組織(胸部系)
第三・7年期(14〜21歳)思考  神経・感覚組織(頭部系)

もちろん、このまま、7年期の発達はおとなになっても続いて行きます。

第四・7年期(21歳〜28歳)
第五・7年期(28歳〜35歳)
第六・7年期(35歳〜42歳)
第七・7年期(42歳〜49歳)
第八・7年期(49歳〜56歳)
第九・7年期(56歳〜63歳)

全体から見ると、上記の通りですが、シュタイナー教育とは、第一・7年期〜第三・7年期の子どもたちへの教育を、主に指しています。

シュタイナー学校の著名な卒業生

  • ミヒャエル・エンデ(作家)

(このページの文責・西片 彩子)