シュタイナー教育への応援メッセージ

“Some people look for a beautiful place,
other make a place beautiful”
– Hazrat Inayat Khan

高橋 真由美 さんより、応援メッセージを頂きました!ありがとうございます!!

私は80年代末から21年間、香港に暮らしました。シュタイナー教育とも、あれは90年代半ばだったでしょうか、そこで初めて出会いました。 
ドイツでオイリュトミストとして訓練を受け、その後帰港した香港人女性※が、ヴァルドルフ基金を立ち上げたのです。 
当時、日本人駐在員妻たちと環境保護団体を主宰していた私は、エコ教育と言えるものがあるとしたらシュタイナー教育だ!とすっかり魅了されてしまいました。

香港の詰め込み教育は日本どころの騒ぎではありません。2歳から漢字のドリルを大量にさせられます。小中高と学年が上がると、勉強のプレッシャーから自ら命を絶つ子どものニュースがメディアを賑わせます。それなのに、親も躍起になって、今で言う教育虐待ではないのか?と疑問が湧くほど、つききりで勉強させています。 
そんな狂想曲から自由になりたい、支配・被支配の構図から外れて、子どもには生きる力を備えた大人に育ってほしい、と強い願いが生まれたのです。

自分の子どもが学齢に達する頃には十分間に合うと楽観していたのですが、待てど暮らせど学校が出来る兆しはありません。痺れを切らした私は、ピーク(香港で最も高級な立地)にできたシュタイナー幼稚園の保護者たちと、小学校設立のために動き出しました。それも芳しくないとなると、海外でシュタイナー教師の資格を得た香港人たちの協力により自宅でホームキンダガーテンを開くことから始めました。

当時の忘れられないエピソードがあります。 保護者の一人に、南アフリカのシュタイナー学校を卒業し、教員免許も持っている女性がいたのですが、彼女と候補になりそうな廃校舎を物色して歩いていた時です。うちの子たちがちっとも言うことを聞かないとこぼす私に、彼女が一言「権威とは、要求するものではない。自ずから湧き上がる尊敬によって、子どもたちが自然と従うものだ」と言いました。  
その通りです。シュタイナー教育において、「権威」はとても大事な概念です。 
7歳からの第二7年期に、自ずから湧き上がる、先生を尊敬したいという気持ちにより、子どもたちは権威者としての先生から学び、成長したいと願うようになるのですから。

私はちっともシュタイナー教育がわかっていなかった、「権威」について学んだはずが、無意識に自分が育てられたように「権威主義」に陥っていただけだった、とショックを受けたものです。 
7歳から14歳のあいだに権威者を見上げることを学ばなかった子どもは、成人してから自由な人間になれない、とシュタイナーは考えます。  
これこそ、シュタイナー教育が「自由な教育」ではなく「自由への教育」と呼ばれる所以です。 ここは、大いに混同されるところで、ぜひとも注意を喚起したい点です。  
 「自由」こそ人として最も素晴らしい価値観で追求されるべきものですが、それは子どもに「好き勝手させること」ではありません。その辺は『父性の復権』(林道義著)に詳しいのですが、子どもは、それこそタブラ・ラサではないですが、自分軸もないうちに自由にしなさいと言われても、参照すべき基準点がありません。これでは秩序感覚が育たず、非常に不安定になってしまいます。  
シュタイナー教育は、自由な人間に育ってもらうため、むしろ自由を制限するかに見えます。一定の年齢まで子ども自身に決めさせることはしません。  
秩序感覚、次でそこから価値観が育っていきます。  
話を早送りしますと、私の学校設立の野望は叶わず、2009年帰国、次男は北海道シュタイナー学園いずみの学校に編入しました。時の経つのは早いもので、今や12年生です。3月には、卒業を控えています。 
9人いる12年生クラスの卒業プロジェクト発表を見に行って、私は非常に感銘を受けました。  
 一人は「価値観」について発表しました。彼女は毎日をとても幸福に暮らしています。そしてその幸せを他者と分かち合いたいと願っています。そこから彼女の価値観の形成の過程を紐解いて伝える試みでした。  
 私はここに、健全な秩序感覚ー価値観の育ちを見て、感無量でした。  
 また、もう一人の生徒も、自分の幸せを他者と分かち合いたいという動機から世界から貧困をなくすというテーマに挑戦していました。  
ここで、一昨年のヴァルドルフ/シュタイナー教育 100周年(そうです、最初のシュタイナー学校がドイツ・シュトゥットガルトにできてから100年が経ったのです)のキャッチコピー「世界を変える学び」が思い起こされます。

親である私たちは、無意識のうちに内在化した、自らの育てられ方(戦後のそれは、ゆとり教育の頓挫を見ても、定まらない価値観によりぶれては迷走を続けるかのごとくです)を、子育てしながら検証します。そして大人でありながら自らを育て直すというチャレンジに取り組みます。そして子どもたちが「自由な人間」として巣立つのに立ち会うのです。

「あなたがこの世で見たいと願う変化に、あなた自身がなりなさい。 」 おなじみ、ガンジーの言葉です。ご自身がシュタイナー教育の恩恵を受けた方も、受けたくとも機会がなかった方も、基金へのコミットにより、あなたご自身が、この世で見たいと願う変化に、なられませんか? 経済的な理由で断念せざるを得ないご家庭に、ぜひ手を差し伸べてくださいますようお願い申し上げます。

※お嬢さんもドイツでシュタイナー学校に通い、後に医学部に進学してお医者様になられました。シュタイナー教育については、世間では第1七年期に知的な学びをさせないことばかりが強調されて知られているかもしれません。第3七年期、14歳以降は、むしろ積極的に学びます。ご心配なさいませぬよう。

高橋 真由美 さん (北海道シュタイナー学園いずみの学校 卒業生保護者さまより  2021.3.1)

荒木 奈美 さんより、応援メッセージを頂きました!ありがとうございます!!

ひびきの村で文学の授業を受けたときのことは忘れられない。『パーシヴァル』中世騎士の物語は、アンドリュー先生の手にかかり、驚くばかりの世界の入り口となった。

手に負えない荒くれ者が、繰り返される失敗経験の中で、魂を磨いていく物語。そのシュタイナー教育的な解釈は、その当時私が最も望んでいた生き方を提示してくれるものだった

私もこんな素敵な授業ができたらなあと、熱い思いで先生を見つめていたことを覚えている。

出会った人がポイントなんだな、とか、人生の鍵を握るのは、どんな人と出会って魂の交歓をするか、宗教とか思想とか考え方の違いを乗り越えて、純粋に繋がれるかなのだなとか、ぶつ切りで、あれこれ考えた。

シュタイナー教育というと、少し特殊なイメージがあったが、むしろ普遍的な人間の在り方が、生き方が、見えてきた。

あれから2年半、私はちゃんと生きられているのだろうか。

また授業を受けてみたいなー でも今の私には、時間的にも金銭的にも難しい。

シュタイナー教育がもっと身近にあったらいいのにって、つくづく思う。

山本 勇人 さんより、応援メッセージを頂きました!ありがとうございます!!

人間は架け橋。
過ぎ去りしものと 未来の存在をつなぐ。
現在は瞬間
架け橋としての瞬間。
未来をつかめ
過去を通して。
成りゆくものに希望を向けよ。

ルドルフ・シュタイナー

シュタイナー教育は、子どもたちを宇宙の叡智とつながった「真の自由である人間」に育てることを目標としています。そのような子どもたちこそ、未来の地球に最も相応しい架け橋です。そしてこのシュタイナー教育を受けるご家族を支えることは、未来への最も尊い投資だと確信しています。この基金を心から応援いたします。

山本勇人

吉田 祥悟 さんより、応援メッセージを頂きました!ありがとうございます!!

子供達の夢を育てる教育ってなんだろう?
ある人との出逢いがシュタイナー教育を知るきっかけになりました。

もっと早く知ってれば我が子の成長も違ったかな?自分で考える力が付く、机の上だけでない教育方法がありました!

私が子供の頃は周りに自然が一杯あって学校帰りに寄り道したり、カエル🐸捕ったり、ザリガニ🦞釣ったり、川に手作りの船を浮かべて(怒られたけど…)遊んだり、自由がありました。ある意味シュタイナーの考え方を自分で自然界の中で学べてたのかも知れません…

今の子供達は様々な事件事故によって、寄り道はダメ、集団下校じゃなきゃダメ!、川は危険!、ダメだめ尽くしで自分の考えで行動する力が失われ、集団心理に流され、個性が失われてないでしょうか?
多様性が求められる世の中などと言いつつ矛盾した教育になっている気がします。

義務教育すら叶わない人もいる世の中なのにシュタイナーってなんだ!と言われる人もいると思いますが、教育の機会は色々あって良いと思います。
コロナによって経済的に教育機会を奪われる子供達、子供達が望む教育を継続的に受けられるように皆様のご支援をお願い致しますm(_ _)m。
下記でクラウドファンディングを募っています。
シュタイナーって?興味のある方は覗くだけでも結構です!賛同される方はお願い致します。シェアもお願い致しますm(_ _)m。
https://readyfor.jp/projects/steiner_education

吉田 祥悟 さん (さんふらわあ船長さん)

古山 明男 さんより、応援メッセージを頂きました!ありがとうございます!!

教育からはじめた時にだけ平和が訪れる

                          古山明男(古山教育研究所)

 オルタナティブ教育と総称される教育方法がある。シュタイナー教育、モンテッソーリ教育、サドベリー教育、ダルトンプラン、フレネ教育、イエナプランなど、たくさんある。これらの教育に共通した性質がある。それは、評定をしないことである。合格・不合格とか、優良可のようなものがないのである。それは、子どもを人間全体として見ているため、自然にそうなる。人間には一人一人の個性があり、それぞれの得意なこと不得意なことはあるが、それに対して人間としての優劣などつけようがないではないか。

 子どもを人間として尊重しようというのが、オルタナティブ教育に共通した姿勢である。だから、試験のために追い立てることはしない。小さなテストをするところもあるが、それは進度の確認や教え方がよかったかどうかの確認のためである。

 シュタイナー教育だと、学期末ごとに先生から生徒に詩の形で、あなたはこういうところがいいよ、こうなるといいよ、という文章が渡される。サドベリー教育だと、子どもの自主性に任せているので、スタッフからの評定などそもそもあり得ない。イエナプランだと、こういうことをしましたというポートフォリオを作成する。

 ご褒美や脅しで動機付けない、ということがオルタナティブ教育に共通した姿勢である。ムチとニンジンで育てること自体が、人間性に対する冒涜ではないか。それで得たスキルや知識は浅薄なものである。しかし、この社会で生きていくためにはそれに慣れなければならないと、今の日本の教育では、小学校からテスト、テストで追い立てるのである。それはいけない、やはり人間自体を大事にしたいという方針の教育も存在するのである。

 中でも、シュタイナー教育はたいへんユニークである。それは、創始者のルドルフ・シュタイナー(1861~1925)という人が超能力者だったためである。シュタイナーは、人間のオーラが見え、天使たちがどのように人間と関わり、人間が輪廻転生を繰り返す存在であることを知っていた人である。しかも、西欧の哲学にも、科学にも、芸術にもよく通じていたのである。哲学、医学、農業、経済、教育など、幅広い分野に、「こういうことが問題だから、こうしたらいい」と発言していった。

 こんな人間が現れたこと自体が、まことに不思議なことであり、シュタイナーの影響は今後も強まると思われる。そのルドルフ・シュタイナーが、1920年代に独自の学校を作った。理由は、第一次世界大戦の惨禍のためである。世界で最高の人間性と文化を達成した、と思い込んでいた人たちが、技術の限りを尽くして殺戮を繰り返し、醜悪なプロパガンダでお互いを貶め合った。このような戦争を繰り返さないためには、いくら平和を唱えても、条約を結んでも効果はない。子どもの教育からはじめた時にのみ、平和な社会を実現できるとシュタイナーは考え、行動に移したのである。

 子どもに考えを吹き込むことが教育であってはならない。それでは、考えを信奉する人間同士の争いはなくならない。子どもの肉体、感情に深く働きかけなければならない。そのため、シュタイナー教育は芸術を重視する。シュタイナーの教育理論は複雑であるが、実際に子どもに行われている教育は、これは子どもが好きそうだな、というものばかりである。

 シュタイナー教育の大きな特徴は、「社会ではこのようなことが必要とされるから、これを教える」というものがないことである。すべては、「人間はこのようになっているから、このように教える」というものでできている。数を数えることでも、字を書くことでも、人間の精神性と肉体をいかに調和させるかの視点から、教え方を工夫するのである。

 この現代に、人間の精神性をどうやって回復するか。それは大きな問いであるが、それは言葉を教え込むことでは不可能である。深い意味の全人教育がなされたとき、高い精神性を持ちつつ、この現実にかみ合って生きることのできる人間が現れてくる。

古山 明男 さん (多様な教育を推進するためのネットワーク(おるたネット)代表)

小久保 重孝 さんより応援メッセージを頂きました!ありがとうございます!!

私のふたりの息子は、北海道シュタイナー学園いずみの学校の卒業生です。
今はふたりとも東京で働いています。
ひとりは、家具デザイナーの事務所でデザインの仕事をしています。
ひとりはネットニュース制作配信会社で映像編集の仕事をしています。
彼らが望んでいた仕事かはわかりませんが、職場ではとても良い評価をいただいているようですし、シュタイナー教育を体験しているだけに、良き広報マンにもなっています。
親として何よりなことは、ふたりとも楽しく毎日を送り、仕事が大変だとか、つまらないだとか、いわゆる「くさる」ということがありません。

私がシュタイナー教育に興味を持って、一番感動した話しは、卒業生はどんな職場でも、どんな仕事をしていても、その能力を発揮して、明るく楽しく働いているという話でした。その事例は、一流企業でも、官公庁でもなく、地方の清掃会社で働く卒業生の話でしたから、とても合点のゆく話としてよく覚えています。

勿論、シュタイナー学校は私学がほとんどですから、欧米では医者や弁護士、芸術家のお子さんが多いというのも事実ですから、恵まれた環境で育っている子も多いのですが、大事なことは、ひとりの人間として偏見を持たず、仕事に対する差別を持たずに、楽しく自由に生きているということだと思います。

私は世界中がシュタイナー学校になればいいとは思っていません。日本の公教育も素晴らしいところがたくさんあります。でも、できることなら、シュタイナー学校が取り組んでいる様々な学びの方法を参考にしてもらえたらと願っています。
そして、ひとりひとりが真に自立した存在となって、世界を守ってくれたらと願っています。

小久保重孝 さん (北海道・伊達市議会議員)